一つはすでに述べたように、企業の行動が八○年代の「利益の最大化」から九○年代の「債務の最小化」へシフトすることによって、一時に比べ年間七○兆円にものぼる法人需要が失われ、経済全体が需要不足に陥っているという実証的根拠である。
しかし、F大統領が経営不振に陥った企業や銀行が次々と潰れていくのを静観した結果、米国がどうなったかは周知の事実である。
景気はどんどん悪化し、とうとう株価はピーク時の一○分の一になり、失業率は二二%、GDPはその約半分が消滅してしまうというところまで傷口が広がってしまったのである。
つまりメロン氏の提言は、傷口を広げるだけで問題解決に何一つ役には立たなかったのである。
しかも銀行倒産が容認されたことで信用創造メカニズムが崩壊し、経済全体が恐慌に陥ってしまった。
このメロン氏は、経済の腐った部分、つまり不良債権や非効率な企業部門を徹底的に淘汰して構造改革を進めるべきだという、K政権のT経済財政政策担当大臣とまったく同じ発想の持ち主だったのである。
この点については、小さな政府を標傍し、財政政策への依存度を下げるべきだと言うマネタリストの重鎮ミルトン・フリードマン教授さえも、彼の大恐慌を扱った名著で、当時の金融当局が銀行の淘汰を許したことは大失敗だったと指摘している。
七○年前の米国でこれほど苦い経験があったにもかかわらず、T氏を含む近年の構造改革論者が、傷口を拡大するだけの「痛み」政策ばかりを追求し、銀行の淘汰を目的としたペイオフ解禁を強行しようとしているのは、私としては極めて理解に苦しむところである。
また、米国の前財務長官で、傑出したエコノミストでもあるサマーズ氏(現ハーバード大学学長)は「今の日本のような局面では構造改革も重要だが、それはマクロ経済政策、とくに財政による需要の下支えの代替にはならない。
一九三○年代の米国のマスコミでも、今の日本と同様、評論家は誰もが構造改革の必要性を叫んでいた……(中略)が、当時の不況の主因は構造問題ではなく、バランスシート問題から発生した需要不足であり、榊造改革の議論は基本的なところで的外れであった」と、二○○一年春の東京での講演で述べている。
サマーズ氏は在任中、日本経済を徹底的に分析し、一九九六年の夏ごろから日本経済の病名はバランスシート不況(彼は古典的なクレジット・サイクルという表現を使う)であることに気づいていた。
だからこそ彼は一九九七年に当時のH政権が財政再建に動いた時は、「そのような方向へ行ったら日本経済は崩壊する」と猛反発したのである。
ところが当時のH総理と大蔵省は、「財政を切っても景気が腰くだけになることはない。
我々は、構造改革、規制緩和で需要を増やしていくので日本経済は心配などと言って、サマーズ氏の警告を無視したのである。
しかし結果は、サマーズ氏の心配した通りになってしまった。
サマーズ氏は一九九七年当時も今も、構造改革は重要だが、これはマクロ経済政策の代替にはならないと指摘しているが、それは、彼が自国のレーガノミクスの経験から、構造改革が実をむすぶには五年から一五年という大変長い時間が必要であるということを知っていたからである。
レーガン政権のサプライサイド改革の恩恵を誰よりも受けたのは、一○年後のクリントン政権だったからである。
かのクルーグマンMIT教授も同様なことを言い始めている。
彼は二○○一年四月の論文で、一九三○年代の米国を例に挙げ、日本はただでさえ需要が足りない時に、構造改革の名の下に失業や倒産を増やす政策を採って、どうやって景気が良くなるのか理解できない、とKブームに疑問を呈している。
前述のメロン発言もこの論文で引用されていたものである。
これだけ歴史的教訓をもとにした警告が出されているにもかかわらず、K政権は七○年前のアメリカだけでなく、四年前のH政権が犯した間違いとまったく同じ間違いを犯そうとした。
私の記憶が正しければ、T氏は九七年のH内閣の財政再建路線を強く支持した一人であったが、その数年後、私と同席した景気討論会で当時の財政再建路線が時期尚早であったことを認めた一人でもあった。
ところが、最近のT氏は財政支出ではなく、構造改革や規制緩和で実需を増やすということを盛んに主張しており、これは四年前の大失敗とまったく同じ道を歩もうとしていることになる。
「喉元すぎれば……」という表現があるが、四年前の大失敗を再度繰り返そうとしていることは理解に苦しむだけでなく、大変残念なことでもある。
またT氏は、人々は将来への大きな不安を持っており、だからこそ彼らは消費をせず、貯蓄に走っており、この人々が持っている将来への不安を取り除いて初めて、彼らは貯蓄をやめて消費をするようになり、景気は回復するという主張を繰り返している。
そして人々の不安の根底にある財政赤字や年金問題を解決し、彼らの不安を払拭するには、かなりの痛みを伴う「改革」が必要で、それこそが今、K内閣がやろうとしていることだ、と主張している。
つまり、不況の原因について、私は企業の行動に注目しているのに対し、T氏は個人の行動に重きを置いているのである。
人は誰でも将来に不安があるかと聞かれれば「ある」と答えるので、T氏の考えは心情的には受け入れやすいところがあるが、この将来不安説は実際の経済指標で証明し、正当化できる話ではない。
前掲の資金循環統計から作成したMを見れば、企業のバランスシート修復の努力によって、一○年前に比べて法人の資金需要が七○兆円、GDPにして一四%も減ったのに対し、T氏が不況の原因として主張する個人の貯蓄は、同じ一○年間、GDP比にして年間七〜八%とまったく変わっていないのである(むしろ直近の二○○○年は貯蓄が減少している)。
もしもT氏の主張が正しく、人々が財政赤字の拡大を心配しているのなら、一九九○年に日本の財政が大幅黒字だった時に比べて今は大幅赤字であるから、将来に不安を抱いている人々の貯蓄は、この間、大幅に増加していなければならない。
ところがマクロの資金循環統計から見た個人の貯蓄行動は、この一○年間まったく変わっていないのである。
現実の世界では、財政赤字を直接心配する理由のない企業が大きく行動を変えたのに対し、増税を心配するはずの個人はこの一○年間ほとんど行動を変えていなかったのである。
財政赤字が拡大するにつれて、将来の増税を恐れた民間の貯蓄が増えるのなら、財政赤字を減らせば民間の貯蓄が減り、消費も増える可能性があると言えよう。
このようなことを経済学では「財政の中立命題」と呼ぶが、財政黒字の時も財政赤字の時も人々の貯蓄行動がまったく変わらなかったということは、財政の中立命題は成立しておらず、財政赤字を減少させても貯蓄が減って消費が増える理由はないことになる。
こうして見ると「将来への不安を取り除く」という言葉だけが、あたかも自明の理のように一人歩きしているが、財政赤字からくる「将来への不安」は言われているほど重要ではないということになる。
ところが、K内閣の経済政策はすべて「将来への不安を取り除けば景気は回復する」という前提の上に構築されているのである。
ただ、「英語 翻訳の効果は本当か、英語 翻訳の信頼できる情報を得るために取材をしました。
英語 翻訳をご用意しております。英語 翻訳のユーザーの声が届いています。
ターゲットに応じた英語 翻訳の適正化を 図ります。秋葉原でしか手に入らない英語 翻訳です。
鋭い観点から英語 翻訳 サービスを多彩に取り揃えています。小さくてかわいい英語 翻訳 サービスの登場です。
近未来的な英語 翻訳 サービスは評判いいんです!業者向けの英語 翻訳 サービスサービスです。
英語 翻訳 サービスがリニューアルしました。トップクラスの英語 翻訳 サービスです。
